2014年10月15日
秋晴れと水たまり
こんばんは。宮ノ森遊園へようこそ。
今日の新潟は秋晴れでしたね。行楽日和と言ったところでしょうか。
行楽と言えば、その準備として洗車がありますが、今日は洗車日和でもありましたね。
洗車、と言って思い浮かぶのが、ガソリンスタンドの洗車機ですが、この洗車機には懐かしい思い出があります。
それは、まだ私が小学校低学年か保育園だった頃。祖母の運転するスプリンターで出かける事が時々ありました。そのスプリンターにガソリンスタンドで給油する時には、必ず洗車機による洗車をねだっていました。もちろん、洗車機で洗車している間も車内に留まり、回転するブラシと飛び交う洗剤や水をキラキラした目で眺めていました。
洗車が終わり、エアーによる乾燥が始まると、楽しい時間の終わりを悟って、僅かな寂しさを感じていたのを覚えています。
たかが洗車機に心を躍らせていた幼少期。純粋だったあの頃。今思えば、水たまり一つで時間を忘れて遊び、泥だらけになって家に帰って怒られていたあの頃。もう遠い過去なのでしょうか。あの純粋さや、トキメキは失われてしまったのでしょうか。
いいえ。
まだまだ子供です。何も失ってはいません。
理由は・・・

オフロードバイク遊びです。
大人の泥遊びです。飛び散る水しぶきは、長靴で水たまりにダイブした幼少期とは比べ物になりません。
当然、服もバイクも泥まみれになります。これも幼少期とは比べ物になりません。

ただ、大人になった良いところは、泥まみれで家に帰っても、怒られないと言うところでしょうか。
体力の限界までバイクで泥遊びをした後、軽トラックの荷台にバイクを載せ、家に帰ります。
ルームミラーには荷台に載せた泥まみれの宝物が写っていました。その隙間から遊び場が遠ざかっていくのが見えました。
走り出すと、遊び場が遠ざかってしまうのと同じ様に、歳を重ねるごとに失い、遠ざかる物があるような気がしますが、実は、大切な物は荷台に載せたバイクの様に、遠ざかることなく、ずっと持ち続けているのではないかと思う秋晴れの今日でした。
今日の新潟は秋晴れでしたね。行楽日和と言ったところでしょうか。
行楽と言えば、その準備として洗車がありますが、今日は洗車日和でもありましたね。
洗車、と言って思い浮かぶのが、ガソリンスタンドの洗車機ですが、この洗車機には懐かしい思い出があります。
それは、まだ私が小学校低学年か保育園だった頃。祖母の運転するスプリンターで出かける事が時々ありました。そのスプリンターにガソリンスタンドで給油する時には、必ず洗車機による洗車をねだっていました。もちろん、洗車機で洗車している間も車内に留まり、回転するブラシと飛び交う洗剤や水をキラキラした目で眺めていました。
洗車が終わり、エアーによる乾燥が始まると、楽しい時間の終わりを悟って、僅かな寂しさを感じていたのを覚えています。
たかが洗車機に心を躍らせていた幼少期。純粋だったあの頃。今思えば、水たまり一つで時間を忘れて遊び、泥だらけになって家に帰って怒られていたあの頃。もう遠い過去なのでしょうか。あの純粋さや、トキメキは失われてしまったのでしょうか。
いいえ。
まだまだ子供です。何も失ってはいません。
理由は・・・
オフロードバイク遊びです。
大人の泥遊びです。飛び散る水しぶきは、長靴で水たまりにダイブした幼少期とは比べ物になりません。
当然、服もバイクも泥まみれになります。これも幼少期とは比べ物になりません。
ただ、大人になった良いところは、泥まみれで家に帰っても、怒られないと言うところでしょうか。
体力の限界までバイクで泥遊びをした後、軽トラックの荷台にバイクを載せ、家に帰ります。
ルームミラーには荷台に載せた泥まみれの宝物が写っていました。その隙間から遊び場が遠ざかっていくのが見えました。
走り出すと、遊び場が遠ざかってしまうのと同じ様に、歳を重ねるごとに失い、遠ざかる物があるような気がしますが、実は、大切な物は荷台に載せたバイクの様に、遠ざかることなく、ずっと持ち続けているのではないかと思う秋晴れの今日でした。
Posted by 宮森@NDS at 22:37│Comments(0)
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